2022年6月に茨城県常陸太田市の山林で起きた監禁殺人事件。
犯人として逮捕・起訴され、2026年3月に懲役20年の判決を受けた三瓶博幸被告(37歳)の事件で、亡くなられた被害者が新野りな(あらのりな)さんです。
この記事では、被害者である新野りなさんがどのような人物だったのか、生い立ちや家族、事件との接点についてまとめてみたいと思います。
なお、犯人・三瓶博幸被告の経歴や裁判の詳細については別記事でまとめていますので、そちらもあわせてご覧ください。
▶ 三瓶博幸の経歴・実家・裁判まとめ|懲役20年判決の真相【2026年最新】
新野りなさんのプロフィール
・名前:新野りな(あらのりな)
・事件当時の年齢:23歳(2022年6月)
・出身・居住地:東京都文京区
・家族構成:父・母・姉の4人家族(次女)
新野りなさんは東京都文京区出身で、事件当時も文京区内のご実家に住んでいました。
もともとはタワーマンションに住んでいたという情報もあり、家庭環境的にはかなり恵まれた環境で育ったお嬢さんだったと思われます。
父親は製薬会社にお勤めで、アルツハイマー病や統合失調症の治療薬の開発に携わっていた方とのことで、文字通りエリートファミリーという印象です。
お母さんはモデルのようにスラっとした美しい女性だったという話もあり、新野りなさんが整ったルックスだったこととも納得がいきます。
お姉さんも含め、「いいところのお嬢さん」という雰囲気の家族だったそうです。
新野りなさんの生い立ち・学歴
小学生の時代の新野りなさんは、卒業文集に「将来の夢はがん専門医」と書いていたほど真面目な一面もあったとのことです。
ヒップホップクラブに入っていて、リレー選手に選ばれるほど足が速かったという話も出ており、活発で明るい女の子だったことが伺えます。嵐の大ファンだったそうで、当時のジャニーズ好きな普通の女の子という印象ですね。
中学・高校については、文春オンラインが「中高一貫の女子校に通っていた」と報じており、複数のサイトでは都内の女子校の名前が挙がっていますが、特定には至っていないため当記事での断定は控えます。いずれにせよ、進学校だったとのことです。
高校卒業後は医療系の専門学校に進学しますが、その後家族の反対を押し切って中退してしまったとのことです。
この専門学校中退が、のちの生活の変化に繋がっていったと思われます。
歌舞伎町・ホストにはまった20代前半
専門学校を辞めた後、新野りなさんは20歳ごろから歌舞伎町に住み始めます。
ここからの生活が、のちの事件と深くかかわってくる部分です。
歌舞伎町に移り住んでからは、ホストクラブに通うようになり、同棲状態のホストもいたとの話が出ています。
友人・知人によると、SNSなどで「今日は●円使った」とレシートと一緒に投稿することもあり、高い時には1日に70万円を使ったとの投稿もあったそうです。
23歳にしてこれだけのお金を使えていたのは、後述するSNSモデル活動からの収入が大きかったと推測されます。
ただ、その後ホストとはトラブルがあって別れることになったとのことで、歌舞伎町から文京区の実家に戻って生活していたとされています。今回の事件に当時のホストは関与していないとのことで、そこは一点念のため整理しておきたいと思います。
SNSモデル・個人同人モデルとしての活動
新野りなさんが収入を得ていた手段として、SNSモデル・個人同人モデルとしての活動があります。
一般的なAV女優のように事務所に所属するのではなく、SNSを使って個人で撮影相手を探し、ギャラの交渉も自分で行うスタイルです。文春オンラインの報道では「個人で顧客を探し、ギャラ交渉も自分で」という取材結果が伝えられています。
事務所が間に入らない分、中抜きがなくダイレクトに収入を得られるというメリットがある一方で、相手の素性が確認しにくいというリスクも常に伴います。
新野りなさんは1年間で82本の作品に出演していたとのことで、月に6〜7本ペースで活動していたことになります。こうした活動がネット上でも知られており、それが今回の事件で三瓶博幸被告との接触につながっていったとみられています。
このSNSモデルという形態が持つ危険性については、文春オンラインをはじめ多くのメディアが取り上げており、業界全体の問題として注目されることになりました。
三瓶博幸被告との接触〜事件当日
新野りなさんと三瓶博幸被告がどのように知り合ったかについては、SNSを通じたモデルの仕事の依頼だったとみられています。
2022年6月5日の午前10時頃、新野りなさんはJR水戸駅の北口で三瓶博幸被告と合流しました。
その日を最後に連絡が途絶え、6月8日には家族から捜索願が提出されています。
6月18日、茨城県常陸太田市の山林の林道脇で新野りなさんの遺体が発見されました。
司法解剖の結果、死後1〜2週間が経過していたことと、喉の骨(左の舌骨)が折れていたことが確認されています。検察側は「頸部を強い力で圧迫された」と主張しており、2026年3月の裁判員裁判で裁判長もこの判断を支持する形で、三瓶博幸被告に懲役20年の判決が言い渡されました。
まとめ
今回の事件は、若い女性がSNSモデルとして個人で活動する中で危険な人物と接触してしまった、というケースです。
新野りなさんが辿った経緯をみると、決して特別な話ではなく、現代のSNS社会が抱える構造的なリスクがそのまま出てしまったとも言えます。
文京区育ちのお嬢さんが歌舞伎町に染まり、SNSモデルとして活動していく過程は、誰かが止められた可能性もあったのではないかと思うと、なんとも複雑な気持ちになります。
三瓶博幸被告は最後まで無罪を主張しましたが、裁判員裁判の判決は有罪・懲役20年でした。
新野りなさんのご冥福を心よりお祈り申し上げます。
三瓶博幸被告のプロフィール・実家・裁判の詳細は、以下の記事でまとめています。
▶ 三瓶博幸の経歴・実家・裁判まとめ|懲役20年判決の真相【2026年最新】
